コンテンツへスキップ

カート

カートが空です

稲福政斉 | お供えしてから

稲福政斉 | お供えしてから

「どうしてこの道具を使うのか、なぜこの供え物はこの数が必要なのかをご年配の方々が親切に教えてくれたことで、学ぶ楽しみを知りました」というのは、稲福政斉さん。大学の非常勤講師をはじめ県や市町村の文化財関連の委員を務めるかたわら、沖縄のしきたりに関する執筆、講演活動などにも励む研究者だ。

 

  ルーツを首里に持つ。仏壇やヒヌカンなどの祭祀をきちんと執りおこなう家庭に育ったこともあり、幼い頃から沖縄の伝統行事に接する機会も多かった。そこで目にするさまざまなモノについて身近な年配者に尋ねると丁寧に教えてくれたことが、沖縄のしきたりに興味を持つきっかけとなった。

 中学生になると、沖縄の民俗に関する分厚い専門書を手に取り読むようになる。

 「子どもが読むような本ではなかったんですが、こうした分野が学問として確立されていることを知ってからはすっかり没頭してしまい、この道に進みたいと考えるようになりました」

 大学に進学してからは念願の民俗学を専攻。沖縄の祭祀儀礼、特に道具や供え物についてまさしく没頭するように学び、卒論ではトートーメーと仏具の種類や形式をテーマに選んだ。ただ、こうした研究は当時珍しかったようで、参考文献の少なさには苦労させられたという。

 卒業後はいったん事務職に就いたが、わずか3ヶ月後、突然大学時代の指導教授から電話がかかってきた。話をするのも緊張するほど大きな存在だった恩師からのいきなりの電話である。恐る恐る話を聞くと、「県内の博物館で学芸員を探しているのでやらないか」という誘いだった。

 こうして誘いを受けた稲福さんは、学芸員としてのキャリアをスタートさせる。学芸員として働くようになってからは、民俗学の知識を活かした仕事にも多数携わるようになり、現在は文化財関連の委員を務めつつ、県内大学で民俗学や博物館学を教えている。2012年には地元新聞社より声がかかり、ミニコミ紙で沖縄の年中行事やしきたりにまつわる連載を担当することになる。連載は現在も続いており、書籍化もされ、好評を博している。

 そんな稲福さんには、大学で教鞭を執る中で印象に残った出来事があるという。

 「先日、放送大学で沖縄の民俗についての講義をしましたが、受講生の中に56名、わざわざこの授業を受けるためだけに県外から来られた方がいました。沖縄にルーツがあるというわけでもなく、純粋に沖縄の風習に興味をお持ちだったようです。沖縄の文化に対する捉え方は、他県の方と私たち沖縄県民とでは当然異なりますし、そこから新たな発見をさせてもらえて興味深いですよね」

 

 

 沖縄のしきたりについてまとめた近著『「御願じょうず」なひとが知っていること―意味となりたち、そしてすすめ方―』でも、日々感じるこうした現状を踏まえて、日本本土と対比的に書くように努めたという。

 今後の活動についての展望を聞くと、稲福さんは笑みを交えながら語った。

 「ここ23年ほど、JICAでの研修にも携わらせていただいていますが、ブラジルやペルーに住むウチナーンチュの皆さんの沖縄のしきたりへの関心はかなり高いですね。ただ、移民社会でも沖縄と同様、伝統的なしきたりを知らない世代が増えているという課題も抱えています。海外のウチナーンチュのそうした悩みの解決に役立つ活動をしたり、海外で行われる沖縄的なしきたりについて調査したりしたいですね」

 沖縄だけにとどまらず、県外や、海外にも沖縄のしきたりを伝えていきたいと語る稲福さん。その根底には、しきたりに関するさまざまな説に惑わされる人をなくしたいという思いがあるようだ。

 「意味を知ることで、しきたりに付きまとう『胡散くさい』『面倒くさい』という負のイメージが払拭されるだけでなく、主体的に行事に臨むことができる。そうすると、しきたりが煩わしいものだという思いも解消されるのではないでしょうか」

 しきたりにまつわるいいかげんな説をなくすことがライフワークです、と冗談めかして語り、「私にできるのはこれくらいしかないですから」と謙遜する稲福さんだが、むしろ稲福さんにしか果たせない使命に違いない。 

 

A:My Favourite(わたしのお気に入り)

 

 

御茶屋御殿跡によく行きます。涼しいですし、那覇市や南風原町一帯が見渡せて景色がいいですよね。おもろまちが発展していく頃はその様子もよく見えました。御茶屋御殿はかつての王家の別荘で、私の4代ほど前の祖先は廃藩直前までここに勤めていたそうです。そうしたこともあって思い入れがあります。

 

B:My Worktools(わたしの仕事道具)

 

 

懐中時計です。大学での授業や講演のとき、レジュメの横に置いています。腕時計より文字盤が大きいので見やすく、アナログの時計は円グラフのようで、感覚的に残り時間などがわかりやすいですね。あとは、「ぺんてる」の筆ペンの極細です。仕事柄、調査や講演の後にお礼状を書いたり、著書に署名させていただいたりするのですが、ボールペンは筆圧が必要なので長く書いていると疲れますし、筆は準備が少し面倒なので、これはとても重宝しています。

 

 

C:My Backyard(わたしのバックヤード)

よそ様からお菓子などいただくと、必ずご先祖様にお供えしてから食べますね。癖みたいなものです。袋に入ったみかんを買ってきても3個ぐらいは供えますし、毎日出かける前にも仏壇に「いってきます」と手を合わせます。 

稲福政斉(いなふく まさなり)

那覇市出身。沖縄各地の伝統的なしきたりや行事、祭具、供物について調査研究を重ね、その成果をわかりやすく伝える著述や講演活動にも取り組む。現在、沖縄県文化財保護審議会専門委員、沖縄国際大学・沖縄大学非常勤講師のほか、うるま市、沖縄市、北中城村、宜野座村、中城村、宮古島市などで博物館や文化財関連の委員をつとめる。著書に『沖縄しきたり歳時記』(ボーダーインク、2015)『御願の道具と供えもの事典』(同、2018)『沖縄しきたり歳時記 増補改訂』(同、2019)、『ヒヌカン・仏壇・お墓と年中行事 ―すぐに使える手順と知識―』(同、2020)、監修に『おきなわの一年』(同、2018)があるほか、論考や連載多数。

 

Read more

薬草研究
大滝百合子 | 草をつんで

大滝百合子 | 草をつんで

大滝 百合子(おおたき ゆりこ) 筑波大学人間学類卒、マサチューセッツ大学社会学部卒、コロンビア大学大学院社会学部博士課程中退、上海中医薬大学付属日本校中医学科卒。アメリカを中心に世界各地で再生しつつあるワイズウーマン(自然の摂理に通じた太古の賢女=緑の魔女)流ハーバリズムの日本での普及を目指し、社会学・人類学的観点を交えながら食事、ハーブ、薬草関係の翻訳著述を行う。ハーブ・薬草の使用やふれ...

もっと見る
芸大助教
大城愛香 | つい落書き

大城愛香 | つい落書き

大城愛香(おおしろ あいか) 沖縄県生まれ。沖縄県立芸術大学大学院を修了。2024年現在、同大学の助教として勤務。沖縄の海や森、そこに生息する生き物の魅力を、アニメーションやイラストを通して子ども達に向けて(むかし子どもだった大人にも!)わかりやすく伝えることを目標に制作活動を続けている。絵本に『サンゴってなぁに?』『お魚がいなくなっちゃった!』『しぜんのつながり のぞいてみよう』(いずれも...

もっと見る