大滝百合子 | 草をつんで
「どんな仕事をしてもすぐ飽きてしまうんですが、土いじりなら飽きることがない。薬草や自然と関わるのは、心のよりどころです」と語るのは、大滝百合子さん。
夫の仕事の都合で神奈川から引っ越してきて以来、沖縄暮らしは20年になる。八重瀬町に新居を構えたのをきっかけに2024年4月、自宅の庭に「みちばたハーブミニガーデン」をオープンさせた。ふだん海のそばに生えている薬草は「海ハーブ」のコーナーに、日光に弱い薬草は「木かげハーブ」のコーナーにと、薬草の自然の姿に近づけた栽培を行っているのが特徴だ。できたばかりにも関わらず日々多くの人が訪れ、薬草談議に花を咲かせているという。
大滝さんの薬草研究歴は長い。筑波大学からアメリカ・マサチューセッツ大学へ、そしてコロンビア大学大学院へと進学し、医療システム全般について学びながら薬草の研究を行った。「植物を勉強するというと理系の学問だと思われますが、必ずしもそうではない。昔から生活の中に植物はあったわけで、そうした民俗学や人類学、社会学の視点から植物を研究してきました」と語る。
アメリカでハーブの勉強をしているとき、師と仰ぐ人から、さまざまな草が薬草であること、食べられることを教わった。
「ニューヨークのセントラルパーク、ハーレムに近いリバーサイドパークでも、草をつんで夕食のおかずにするなど日常的に食べていました。イギリスにも住んでいましたが、タンポポは世界中どこでも出会えるので重宝しましたね」という。
そのほか、薬用にスキンケアにと、日常のあらゆる場面で薬草を用いる“実践派”だ。
沖縄に越してきてからは、沖縄の日差しにも負けない野草の力強さに魅了され、昔はどんなふうに薬草が使われていたかや、草の方言名などの研究に没頭した。その知識をもとにした執筆活動も積極的に行っている。2012年に刊行した薬草ガイド本は10年以上売れ続けるロングセラーとなり、薬草スキンケアコスメの本や、沖縄の野草を使ったおいしい料理のオリジナルレシピ本も出版して人気を博している。
長年薬草の活動を続けてきた大滝さんが、なぜ今、ハーブガーデンを作ったのか。あらためて聞いてみた。
「今まであまり人に会わずに、一人で研究して発信を続けてきたんですが、ここにきて同業者と交流したいなと思うようになったんです。50歳というターニングポイントを迎えて人生を見直し、これまでやっていないことをやろうと思って」
老後のことを考えてコミュニティーのある場所に来たんです、と言うように、ご近所づきあいも濃密なようだ。「お年寄りが、畑で採れた野菜を持ってズカズカッと台所まであがってくるんですよ」と愉快そうに笑う。
「お年寄りの暮らしぶりや考え方全般に学びがあります。このあたりはバス停まで遠いので、よく歩くから足がしっかりしているし、生活サイクルも整っていて健康的。畑をするにしても堆肥は少なめとか、ニンジン、ダイコンはよく作っても、葉野菜やナス、ピーマンはあまり作らないとか、見ていてためになります」と語った。
「こないだ、おとなりのおばあちゃんが、畑に生えているムラサキカタバミのことを『ヤファタ』と呼んだんです。私が調べて知っている言葉が、生きている言葉として使われていることに感動しましたね。こうした昔ながらの暮らしぶりや考え方を実践、保存、普及させて、沖縄県民の健康に役立てられればと思っています」と目を輝かせた。
薬草研究をしながら世界を転々としてきた彼女が、ターニングポイントを迎えた今、新たなコミュニティーに根を張ろうとしている。この日もガーデンには来客の予定が入っており慌ただしい取材となったが、大滝さんの表情からは、薬草を通して人々と交流できることへの充足感が見てとれた。
A、My Favourite(わたしのお気に入り)
イギリスに住んでいたときに買ったクッション。妖精のグッズを販売しているお店で手に入れて以来、気に入ってずっと使っています。お気に入りといえば行きつけのお店は「与那原そば」。昔から友達が遊びに来たら必ず連れていっていて、とりわけフーチバージューシーがおいしいんですよ。
B、My Worktools(わたしの仕事道具)
庭仕事をするときに手放せないのが帽子ですね。首まで布で覆ってくれるタイプがおすすめです。また「バットロ」と呼ばれている笠も愛用しています。
C、My Backyard(わたしのバックヤード)
夜明け前に目覚めて、もう一度寝ようとするのですが、考え事をしてなかなか寝られなくなってしまいます。8時間は寝たいと思っているのですが……。
大滝 百合子(おおたき ゆりこ)
筑波大学人間学類卒、マサチューセッツ大学社会学部卒、コロンビア大学大学院社会学部博士課程中退、上海中医薬大学付属日本校中医学科卒。アメリカを中心に世界各地で再生しつつあるワイズウーマン(自然の摂理に通じた太古の賢女=緑の魔女)流ハーバリズムの日本での普及を目指し、社会学・人類学的観点を交えながら食事、ハーブ、薬草関係の翻訳著述を行う。ハーブ・薬草の使用やふれあいを通して自然に対する原始人的理解を育むことに特に関心がある。これからも、自然のしもべとして師の価値や偉大さを少しでも後世に伝えていきたいと願っている。